近況(インターン・漫画)

大学の同期がインターン先で僕の話をしたら、ぜひ僕に来てほしいとのことでそこの懇親会に招待された。話を聞いてみると、数学/パズル/アルゴリズムの知見をゴリゴリの工業に役立てる仕事をやっていて、やりがいもあるし役にも立てそうだと思って引き受けることにした。休学をしている間のコミュニティも欲しいし。

懇親会では、キャバクラの話をずっとしてるシャバい大人とか、結構嫌な感じに酔っ払ってる大人とか、後輩へのコミュニケーションがあんま面白くない反応しづらいイジりしかない大人とかばかりで、人間関係という意味で少し不安があった。しかし、実際に働いてみて上司として関係する分には、無神経なことはしない常識的で気遣いができる人たちだった。

ただ、イケイケスタートアップだからなのか、マッチョイズムを内面化している人や自信に満ち溢れた人が多いなぁ、という印象を受ける。社員とインターン生の自己紹介がまとまった資料を渡されてそれを読むと、「○○を日本一の会社に!」「△△という技術で私が一番になります」「全力で爆速成長します」、そんなコメントが並んでいる。皆どういう気持ちで買いているのだろう。威勢よく見せておいたほうが良いだろう、そんな腹づもりで書いているのか、本心から書いているのか...思ってもいないことを書くのはできないし、かと言って一人だけ冷めたことを書くのも目立つので、自分の強みを活かせる場所を見つけて頑張ります、と等身大のコメントを残しておいた。

僕の友人で自信に満ち溢れているような人は一人もいない。皆自分自身を薄ら嫌っていて、それゆえに気を病んでいる人も多い。変な環境なんだろうか。自信に溢れているのは大変結構だが、そうはいられない人たちへの想像力がなさが言動の節々からにじみ出ている人に出会うと嫌な印象を抱く。東大には一定数そういう人がいて(その割合は外の世界よりは少ないと思うけど)、やっぱりその人達とは自然と距離を取ってしまう。

 

エンジニアっぽい仕事はしたことがないので、仕事自体は新鮮さがあって楽しい。研修を終えて3日目の出社日だったが、プロジェクトに追いついて小さな成果を出すことができた。まあ、アイデア出しやロジックの構築を除く具体的な作業は多くの部分をAIがやってくれたのだが...

 

 

これに伴って4年間続けていたバイトを辞めた。冷淡な職場だと思っていたが、やめる際になってとても温かい言葉を掛けてもらって、嬉しかった。

 

 

 

最近読んだ漫画

ディエンビエンフー / 西島大介

amzn.asia

 

この漫画を知ったのは、同名のボカロ曲からだった。聞いてて楽しいパンクだ。ぜひ聞いてほしい(この漫画とは恐らく関係ない)。

youtu.be

ベトナム戦争を題材にしたボーイ・ミーツ・ガール漫画であり、バトルマンガでもある。漫画を読んだ経験が足りないのか、読みづらく感じてしまった。決してキャッチーな漫画ではない。ただ、不思議と惹かれるところがあった。

世界観とノリに慣れるまで時間がかかったが、それに慣れてしまうと少しずつこの漫画の描こうとしていることが分かってきた。結局はセカイ系なのだと思う。沢山の人が死んでいく様子はもはや背景で、そんなこととは関係無しにキャラクターたちはお互いに様々な形の執着を向ける。性愛であったり、代替的な父性愛だったり。ただ、そのどれもが"普通"の形をしていない。戦争の渦中でも個人の事情に熱中できる狂った人たちだからなのかもしれない。でも戦争が完全に道具になっているわけではない。その残虐さであったり、アメリカの横柄さであったり、そういったことは批判的に描かれていると思う。

潮が舞い子が舞い / 阿部共実

amzn.asia

おもしれー!!!

ゆゆ式みたいな、なををををををの不器用ビンボーダンスみたいな、他愛もないことにまつわる言葉遊びばかりの会話のなかでキャラクター同士の関係を描くような作品だ。こういうのがとにかく好きだ。ちゃんと会話は下らなくてfunnyだし、高校生の子供っぽさやバランスの悪さをよく表現できていると思う。男の子も、女の子も、子供らしく可愛く描かれていて、そういう純粋さを見せられると嬉しくなってしまう。

名前のない病気 / 宮川サトシ

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作者の家族に関する実話である。引きこもりの長兄のせいで(実際には、両親の対応の悪さもあって)作者と次兄はひどい子供時代を送っていた。そのひどい子供時代のことを一つ一つ思い出しながら綴っていく、息が詰まるような漫画である。こんな世界があるのか、という気持ちだった。まだ連載中の漫画で、続きが気になってしまう。

自分の家族以外の家族というのがどのようなあり方なのか、本当の意味で理解することは難しい。友人関係と違って、家族関係というのはクローズドなものだからだ。誰かと話している時、その人の向こうにいる家族がどのような人たちなのか、全く想像することができない。もしかしたら、この漫画に描かれているような家庭を持っている人がすぐ近くにもいるかも知れない。

ありす、宇宙までも / 売野機子

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セミリンガルの少女と、その子を救い出して宇宙飛行士にまで導く少年、二人の話である。とても爽やかでみずみずしい青春の話だ。ただ、さっぱりした話にするためか二人が抱えている難しさの描写が少し浅くなっていて物足りない気持ちもある。ただ、概してロケットサイダーのようなきらめく物語であることには間違いない。最新刊に近づくにつれ、少年と少女が近づいて互いの救いとなっていく様子の描写が薄れて、宇宙飛行士になるまでの具体的な過程の描写が主となっていく。そのあたりになってくると、宇宙兄弟と殆ど変わらないかもしれない。(つまり、面白いが面白さが違う)

 

生活マン / 南田冬

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生活マンは身近な困りごとを助ける街の小さなヒーローだ。フリーターとしてごく庶民的な暮らしをしている。生活マンのバイト先での人間模様や、ヒロインみたいな女性との関係、育て親となってくれた人との人間関係の機微が主軸にある。一つ一つの話が丁寧で、全くの無理がなく、悪い人が殆ど出てこない、読んでいてほっこりするような話である。漫画を書くのがうまいなぁ...

ところで、生活マンのバイト先のココロちゃんが、「付き合ってあげてもいいかな」の環ちゃんに造形から性格までとにかく似ている。(つきかな、ドラマ化しますね!ガチでアツい)あまり"好きなキャラ"というものはないが、この二人は何だか好きかもしれない。

ヒトゴトですから! / ユニ

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百合漫画である。ユニはバランスの良い社会人百合を沢山描くが、これもその一つだ。ほとんど私費出版だと思うが、どれもクオリティが高い。僕と同じようにkindle unlimitedで百合漫画を読み漁っている人なら誰でも知っているだろう。

本作は恋愛関係が主軸にあるわけでなく、単にレズビアンの女性二人が仕事を頑張る話だ。自分はいわゆる"会社"で働いた経験がほぼないので、会社のあり方をポップにしれて面白かった。同じ社会人百合でもSal Jiangの白と黒みたいな激情漫画ではない。

私だけが宮地美雪を愛している / スズオ

amzn.asia

本当に面白くない百合漫画なので、読まなくてok。

近況(進路・ラブコメ)

休学をして、心身の療養を第一に、好きに数学を勉強したり人と関わったりしている。そんななかで自分の進路に迷いが生じてきた。自分がやりたいことは、本当にこれであっているのだろうか?自分本位に生きられるのはせいぜいあと10年くらいだろう。あとでどうにも帳尻合わせは効くだろうし、少し無責任にやりたいことをやっていいんじゃないか?そんなことを考えている。でも、選択をするのが怖い。結果として、より良い選択にならなかったときのことを考えてしまう。でも、本当はbestである必要もなければbetterである必要もなく、goodであればよいのかもしれない。やりたいことを選んで、適当に帳尻を合わせていくぜ!という気持ち、自分のやってきたことを「自分がやってきた」というだけで肯定する意思、そういったものが大事になってくるのだろうか、そう考えている。

 

 

 

さて、最近、頭があまり働かない夜にラノベ原作のラブコメアニメで高く評価されているものを見ている。中高生だった頃は学園モノラノベ特有の"お約束"や"キツさ"が無理だったが、そういったものを気にせずに(=無視して)見れるようになった。また、当時は今ほど人と人の関係の描かれ方に興味がなかった。そうしたこともあって、ラノベ原作学園モノアニメを見るには少し年を食った今になってようやく鑑賞しているのだ。

 

今見ているのは『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』、通称「俺ガイル」だ。タイトルもあって、女性に囲まれたい気持ちを満たすためだけにフィクションにすがる軟弱なオタク(しかも、往々にして冴えないながらも気骨を見せる作中の男性を好く作中女性が、情けないだけの自分のほうを向くのを期待している見下げた根性!)を引っ掛けるためだけの作品だと思い込み、今に至るまでほとんど興味を持っていなかった。しかし、調べてみるとラノベ原作ラブコメのなかでは特に高く評価されているということ、そして"この作品に狂わされた"という声をほうぼうから聞くこともあって、この際見てみようという運びになったのだ。

「俺ガイル」は、主人公の所属する部活「奉仕部」(ほかの人の困りごとを助ける部活)を中心とした人間模様を描く作品である。最初の方は、中身がなくあまり面白くもない、ありきたりなラブコメの"日常回"だった。しかし、主人公の周囲で問題が起き始めて物語が動き出すと、徐々に面白くなってくる。次第に、ぱっと見ただけではどういう意味なのかが取りづらいセリフ/行動/描写が増えてゆくのだ。戸惑った。ただ、それはアニメの作りが杜撰だから、というわけではないということが分かってきた。この作品は各登場人物の意思や意図が複雑に絡み合う様子を描いている。それをアニメの短い尺に収めようとすると必然的に少ない描写で表現するしかないのだ。恐らく原作では紙面を尽くして描写されているのだろう。こういうときは、オタクの書いた感想/考察記事を補助線にしながら見るのがよいと決まっている。だから、途中からは1話見るごとに自分で少し考えた後に考察記事を読むようになった。そうして視聴を進めるうちに、この作品がとても面白いということがわかってきた。

主人公はとても聡い。周りの人々が何をしたくて、自分の行動によって周りの人がどう動くのかよくわかっている。そうして周囲で起こる問題を次々に"解決"していく。しかし、主人公は歪な自意識を抱えていて、周りの人の自分に対する印象を実際より低く見積もっており、自分のことを気にかけてくれる人の気持ちを素直に受け止められない。そのため、ほかの人の困りごとを解決したそばから自分の周囲の人間関係に問題を作り出してしまう。また、主人公は自分の行動の動機を自分のなかに持つことができない。そのため、自分が大切にしたいものを大切にすることもできず、周囲とのすれ違いが深まっていく。それを打破するべく藻掻く様子、そして成長し打破する様子がとても丁寧に描写されている。この物語の構造を成立させるには、一人一人の登場人物のキャラクターが立っていて、一つ一つのセリフや行動に説得力があることが必要だろう。人と人とが互いを大切にすることの美しさを描いた成長物語だ。

水着回や異様に色っぽい男の娘といった2010年ごろのラノベラブコメ特有の気持ち悪い演出は確かにある。あまり現実ではありそうもない経緯でヒロインの一人が主人公を好いている、都合のいいタイミングでアドバイザーや手を差し伸べてくれる人が現れる、といったフィクションを仕立てるうえで必然的に生じる都合の良さ(それもラブコメ特有の)もある。しかし、そういうものを差し引いて考えると、ただひたすらに真摯でロジカルでアツい作品なのだ。今は2期の8話(本当に激アツの話だった。主人公の成長シーン。)を見終えたところで、これからの展開がとても楽しみだ。見終えたら、きっとこの作品をとても好きになる気がする。そして、この作品にすがる軟弱なオタクどもをぶちのめしたくなるのだろう。みなさんにも是非、オタクの考察ブログを読みつつ「俺ガイル」を視聴してほしい。あと、「俺ガイル」が好きで話したいという人がいたらぜひ話しかけてください。

 

 

僕たちは、もう関わる人を選べる年齢になった。人間関係に限らないが、風呂敷を広げていくフェーズではなく、自分のかたちに風呂敷をたたんでいくフェーズに入ったのだと思う。自分が関わりたいと思った人たちを、責任を持って大切にしていきたい。それは、一つにはかかわりたいといういしをみせることで、一つには確執や不和があっても丁寧に向き合う意思を見せることなのだろう。そんなことを俺ガイルを見て思った。

22歳になった

今日で22歳になった。

色んな友達にメッセージを送って無理やり祝わせた。無理矢理にでも祝ってもらうと嬉しいものだ。

実家に戻って美味しい苺を食べまくった。

 

父親に22歳になった気分はどうだと聞かれた。その場では適当に誤魔化したが、率直な気持ちとしては"怖い"。なにが怖いって、22歳といえば何だか一端の大人のように聞こえるし、そのように振る舞うことを求められる年齢だが、内実全くガキのままなんだ。色んな人に迷惑をかけてばかりだし、自分のやりたいはずのことすら何もできず、寝たり起きたりすることすらままならない。

 

小さい頃は、20歳になれば立派な大人になるもんだと思っていた。実際はそんなことはなく、もう少し若いうちから生活面でも精神面でも自立/自律できている人もいれば、ジジイになっても禄でもない奴もいる。22歳にもなればそういう事がわかるようになるのだ。何だか自分は後者のような気がしている。

 

隣の芝生なのかもしれないが、周りを見ると"(中長期的に/その時々で)自分のやりたいことを見つけて打ち込んでいる人"や"将来を見据えて様々なことを試している人"が多いし、そうでなくてもしっかり為すべきことを為しているように見える。それは優秀で思いやりを持った人たちのコミュニティに所属しているからで、世の中の大概の22歳はしょうもないのかもしれない。数日前バイトの研修があり、40歳のおじさんが「僕からすれば君たちは高校生とそう変わらない子供に見える」みたいなことを言っていた。そんなもんなのかも。

 

 

 

去年は自分にとって初めてのことがたくさん起きた色濃い一年だったが、その傍らうつ病で無気力になってしまった。普通に大学生活を送ることができない時期も多かったし、自分にとって楽しいはずのこともあまりできなかった。秋頃にADHDの診断がおりた。自分は違うだろうと思っていたので病院を受診していなかったが、あっさりお墨付きをもらった。今になって思うと、自分の困りごとの多くはここに起因しているような気もする。

 

来年は休学することにした。大学院の入学手続きも休学手続きも不備があり、当局から不備を正すよう連絡があったが、それも昨日終えた。生活・人間関係・趣味・将来設計・健康・思考様式など様々なものを立て直す一年にしたい。立て直したい。立て直したいんだ。何でオレ一人だけ立て直してんだ。まあいっか。気楽に楽しくやりましょう。みなさんこれからもよろしくお願いします。

 

nico.ms

染髪 できること

昨日は自転車の前輪のチューブを変えた。

ある日に精神科に自転車で向かっていたとき、走行中にパンクして、チューブがタイヤから飛び出して、スポークとフレームの間に噛んで前輪が動かなくなってしまった。泣く泣く動かない自転車を持ち上げながら家まで帰り、精神科の予約を取り直したのだ。以来、昨日までずっと自転車をそのまま放置していたが、やっとチューブを取り替えた。タイヤをリムにはめるのにたいそう苦労し、30分程かかった。しかし、これであちこちに行く足ができたわけだ。少し遠い大きなスーパーまで行くのも、高島平団地に行くのも、なんだってできる。自転車で都内を走り回って冒険するのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

その後、美容院に行った。どのような髪型が自分によく似合うのかよくわからないため、ここ数回は素直に「似合う髪型がわからないので髪質に合わせてどういうのが似合うのか提案してください」と伝えている。毎度似たような髪型になる。後ろと横の髪を少し刈り上げて、頭の上から伸びる髪を360度同じくらいのところで切った髪型だ。柔らかい髪が至って真っすぐ伸びているので、ヘルメットを被っているようだ。

今まで髪を染めたことがなかったが、髪を染めたら見目が少しでも変わるだろうかと思って染めてみた。ほとんど黒みたいな茶髪だ。それでも、随分明るい印象になって非常に嬉しく思う。これからしばらくは少し染めてみようかな。

 

 

 

 

自転車のタイヤを変えるのも、髪を染めるのも、昨日初めてやったことだ。どちらも結果としてうまく行った。今までやったことがなかったことをやってうまくいくのは、非常に心地が良いことだ。自分の世界が少しずつ広がっていくようだ。毎日少しずつ世界を広げていけたら、いつかは広大な自分の世界を獲得できるのではないだろうか。

自分ひとりががらんどうで、叩けば間抜けな高い音が響くだけで、中から生まれるものは何一つない。そんなくよくよしたことを考えていたが、案外そうではないのかもしれない。少しずつ新しい物事や人とふれあい、何が好きで何が嫌いで何ができて何ができないのか、そういったことをはっきりさせていくこと、拡張していくことが肝要なのだろう。

伊達メガネだって掛けていいし、ビビンバだって作っていい。餃子を食べに宇都宮に行ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

最近読んだ本について少し書いておく。

一つは『夜間飛行』だ。南米の空輸会社の代表が社員をどう統制するかについての哲学をつべこべ並べる話だ。もう一月ほど前に読んだのでどう思ったのかあまり覚えていない。社員に対する情けを持ちつつもそれをおくびにも出さず、組織の規律を守るためにあえて冷徹に振る舞うように描かれた代表のありように、心を動かされた。全く好ましくない態度だとは思うが、確かにそんな人もいるのだろう。自分には想像もつかない態度だった。

これと星の王子さまを書いた人が一緒なのがすごい。

 

 

 

 

 

もう一つは魯迅の短編集だ。『阿Q正伝』『故郷』『狂人日記』を読んだ。どれも悲痛な話だった。

この中では『故郷』が一番わかり易い話であり、それ故かいちばん好みだった。流石に高校生の国語の教科書に乗っているだけある。大人になって社会にある階層を内面化してしまうこと、力のある他者にすがろうとする卑しい大人たち、そういったものと対象的に描かれる在りし日の故郷の姿と少年同士の真っ直ぐな友情。せめて少年たちがまっすぐに生きていけるような社会であってほしい、そのような希望を持ち続けることが大切だと結ぶ。分かりやすく、さっぱりとしていて、きれいだと思う。

魯迅が当時の中華民国の封建的な社会を嘆き、人々を啓蒙することを目指していた作家だということは読んでいるときは知らなかったが、それを踏まえればなんとわかりやすい話なのだろう。

社会風刺という型にはめて読めば、『狂人日記』も分かりやすいのかもしれない。「人食い」が何を指すのかわからないが、人と人の間に不信を生む何かなのだろう。古典の時代から「人食い」を続けてきた中華民族。その歴史の末端にいる自分たちも「人食い」の波に飲まれている。せめて子どもたちは...ということか。

社会風刺を前提に読みを深めてみたが、ピースが噛み合うような面白い側面もある一方でなんだかスッキリしないところもある。著者がどのような人であったか、そんなこととは無関係に、ただ作品のなかで何がどう描かれているか、それを読んでどう感じたか、そういったことだけを考えたい。どうやら、作品のメッセージ性というものが現実世界との関連の中で生まれるような状況があまり好きではないようだ。

阿Q正伝』はどうにも悲しい話だった。最初こそ阿Qの強かさ(精神的勝利法)に感銘を受けていた。どうにも惨めで美しくない態度であり、他者を貶めることでしか自身の尊厳を守れない弱さの象徴ではあるが、客観的に見てどんなに落ちぶれていても自尊心を保てるというのは這いつくばっても生きていける強さの証でもあるだろう。しかし読み進めると阿Qはその無知ゆえわけも分からず処刑されてしまう。悲しい話だ。

人が自身の能力の制限に囚われていることがとても苦しいと最近思うようになった。これは自分について考えているときに思ったことだ。阿Qもきっと、余裕を持って振る舞うことはできないし、羽振りの良い暮らしは望むべくもなく、革命軍に属することはできず、処刑から逃れうることはなかったのだろう。そういう物悲しさがある。

O・ヘンリー傑作選Ⅰ

昨日は指導教員と卒論の打ち合わせをした。心身の調子が優れず卒論に打ち込める気がしない、ミニマムな結果がすぐ得られそうなテーマが良い、と打ち明けたら、来週までに卒論の計画を立てるから待っていろ、と言われた。いやしくも卒論でテーマの決定だけでなく計画まで指導教員に肩代わりしてもらうことがあるのか、と思ったけれども、今はむしろありがたいので乗っかっておこうと思う。

前の打ち合わせのときは指導教員はひどくやつれた目をしていたが、だいぶ輝きを取り戻していた。

 

 

 

その後は数カ月ぶりにジムに行って筋トレをした。随分と間を置いたから体がなまっていた。最近は2-3時間活動するだけで疲れ切ってしまう。心の不調のせいか、体力がなくなったのかわからない。ジムに行って体力がついて、それでやれることが増えるならそんなに嬉しいことはない。今学期は行ける範囲でジムに行こうと思う。

ジムの会員証が切れていたので作り直してもらおうとしたが、書類が足りずできなかった。

 

 

 

 

ジムに行ったあとは図書館で阿Q正伝を借りた。本を探すのに30分もかかった。つくづく物を探すのが苦手だと思う。最近は、本を読むことに前向きだ。本に集中できている間は余計な考えが湧いてこないから、安らかな心持ちでいられる。

ちょうど今日O・ヘンリーの短編集を読み終えた。どれも小洒落ているという言葉がぴったりハマるような作品だった。話の結びで意外性を出すことで読み手の心を動かそうとしている短編が多く、Twitter漫画みたいで癪だった。

好きだった短編は、『理想郷の短期滞在客』だ。高貴な身分の人に扮して高級ホテルに滞在する男女が結ばれる話だ。結局カプ厨なだけなのかもしれない。

証券取引所で仕事のこと以外はすぐに忘れてしまうほど忙しく働く男が、前の晩に結婚した簿記の女性に再度結婚を申し込む、というわけのわからない短編もあった。マジで何の話なんだ。

 

 

 

 

 

今日はADHDの検査の一環としてWAISを受けた。計算や図形のタスクは難なくこなせたが、言葉の問題や作業のタスクには手こずった。「仕事」と「遊び」の共通点を答えよ、と言われて「どちらも人が行う営みです」と答えたら足りないと言われた。模範解答があるらしいけど、どんなものなんだろう?「長広舌」という言葉の意味がわからなかった。言葉は苦手だ。周りの人の会話を聞いていて、わからない言葉が出てくることがよくある。

アハ体験のようなパートもあった。日常の1シーンを切り取って描いた絵があるが、一箇所おかしいところがあるので指摘せよ、というものだった。自分にはどれも難しく、半分くらいは時間を書けてもわからなかった。他の被験者には分かるものなのだろうか。できなかったのは探し物が苦手なことに関係あるのかな。

診断がつくまでひと月かかるらしい。どういう結果にせよ、自分の未来がより良くなる方向に転んだらいいな。

 

 

 

 

 

N'夙川BOYSが好きだ。男女ツインボーカルが好きな傾向にある。プラネットマジックはとにかく聴いていて楽しい曲なのでぜひ聴いてみてほしい。あまりないボーカルの使い方をしていると思う。

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もやっとけむにまこう♪あさってもおとといもおもいだせず♪おもいえがけず♪

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最近は早い時間に寝る準備を終えられていて心地良い。夕飯を食べて風呂に入って葉を磨かないと、一日が終わった気がしない。一日が終わった気がしない状態で見る動画も、一日顔渡っ気がしない状態で読む小説も面白くない。早い夕飯が、早い風呂が、精神の安寧に寄与する。

 

 

 

 

 

 

昨日の夜と今日の夜はYouTubeでコントを見ていた。他のことを考えずただ笑うのは、とても休まる。たまにコントを見るようにしようかな?YouTubeで見れるものには限りがあるだろうか。

このコントが一番心に残った。一番笑った作品というわけではないのだけれど。ひょうきんな引きこもりの息子と定年間近の父の間の会話がとても暖かい。ひきこもりという挫折は悪い事のように描かれがちだけど、家族と本人が笑顔でいられるうちはそれで良いのだろう。

youtu.be

 

 

 

 

バイト先のすぐ近くに安くてうまい定食屋を見つけた。疲れてご飯を作る気が起きない日の夜は、ここでご飯を食べることにしたい。一口コンロのキッチンのある家で暮らしているとそう何品も一度に食べることはできないが、副菜が5つも6つもある定食を食べるとそれだけで幸せな気持ちになる。秋田で一人暮らしをしているボカロつながりの友人が「食だけはケチってはいけない。幸せの根源だから。」と言っていたが、まさにそのとおりだと思った。

 

 

 

 

 

最近は情緒が安定しない。元気になったかと思えば疲れ切ってしまい、楽しいと思ったらすぐに沈んでしまう。ここ2日だけでも、歩いたり、ご飯を食べたり、論文を読んでいたり、電車に乗っていたり、そんなことをしているだけなのに急に泣き出してしまうことがあった。気分が沈んでいると、泣いたり呆然としたりしながらご飯を食べるのに2時間かかるらしい。

自分で自分のことがよくわからない。元気なのか、病気なのか、治りかけなのか、生来の気質なのか。自分に振り回されている毎日です。

太刀魚の煮付け

昨日の夜は3時過ぎまで寝つけなくて、睡眠薬を飲んで無理やり眠りについた。だからか、今日昼前に起きてもまだ眠気が残っていた。

 

昨日はBandcamp Fridayで色々音楽を買い込んだので、今日もその流れで好きな音楽を色々聞いた。I Am Robot And Proudは可愛くて耳障りの良い曲ばかりで大変好みだった。ausはエレクトロニカのイメージだったけれど、昨日買ったシングル『Until Then』はファンキーなダンスミュージックで聴いていてとても心地よかった。Aoki TakamasaとTsujiko Norikoのコラボレーションアルバム『28』には、自分の好きなSmanyの『To Lie Latent』みたいな曲が多く収録されていた。音楽の家系図を頭の中に作っていくことはとても楽しい。せっかくだから、エレクトロニカをもっと聞き込みたいな。

 

flau.bandcamp.com

 

ここ数日タスクに追われ続けていて疲弊していたからか、昼過ぎからはずっと横になってぼうっとしていた。本当に疲れているときは、ただ放心することが一番癒しになるらしい。雨が降っていて、外に干している洗濯物のことを気にかけながら雨音をぼんやり聴いていた。

 

 

 

一昨日、キッチンの排水口の奥底に歯ブラシを落としてしまった。排水口に落とした歯ブラシを放置すると、いろいろなものが絡まって排水口がつまり、高圧洗浄が必要な羽目になり、業者に頼むと5万円取られるらしい。嫌すぎる。すぐに歯ブラシを取るための道具を購入した。

 

これが今日届いて、歯ブラシを掴もうとしたが何も掴めない。排水管をバラそうと思ったけどできなかった。どのみち業者に頼むしかないらしい。カネを払いたくない。いざ詰まったら親に泣きつこう、そう誓った。

 

 

 

 

 

夕飯を作るのが面倒で外食をすることにした。4月に越してきたこの街の料理店について全く知らない。近くの中華で食べてみることにした。

 

家を出たら涼しかった。中華に向かう道すがら、新しく薬膳の店ができていることに気づいた。今日まで開店セールらしい。薬膳などで満たされる腹ではなかったので、中華に歩を進めた。

 

中華料理屋につきメニューを眺めていると、太刀魚の煮付けがあった。太刀魚は食べたことがない。ちょうど魚の煮付けが食べたい気分でもあった。

 

太刀魚はいやに骨が多い魚で、食べるのに手こずっていた。すると、店主がカタコトの日本語で「ホネ多いでしょ?魚押さえて端っこをハシで取るとホネも取れるーよ」と教えてくれた。言われたとおりにすると随分ラクに食べられる。ラクに食べられると、より美味しく感じられるものらしい。

 

会計をする際に、市場の太刀魚は高くまずいので仕入れておらず普段は太刀魚の煮付けは食べられないこと、そして先日たまたま店主が太刀魚を釣ったので今日食べられたことを教えてくれた。虚ろに部屋を眺めて寝転んでいただけの日の最後に人と繋がれたようで嬉しかった。

 

 

 

 

少しお腹が空いていたので、帰りにスーパーでレタスと納豆を買った。

 

 

 

 

今日初めて気づいたけど、この街は若いカップルが多い。デートなんてできる場所はないから、きっと一緒に住んでいるんだろう。地元ではそういう人たちを見ることはなかった。きっと都心に近く地価も比較的安い場所だからなのだろう。

計数工学科 - 進振り前に知りたいこと

実は、私は2024年度計数工学科進学予定*1の学生です。

 

計数工学科を進振りで選択することを考えている人向けに、様々な情報を書いていきます。

 

履修・時間割について

以下に記すことは基本的に2023年4月発行の工学部便覧(工学部の規則などが書かれた資料)を参照して書かれたものです。みなさんが進学した際の状況と異なる場合があります。また、工学部の他の学科の履修について知りたい方は、その学科の先輩に工学部便覧のpdfなどを送ってもらうと良いでしょう*2

また、計数工学科に進学したあとには、必ずご自身で工学部便覧を確認してください。以下の内容に誤りがないように努めますが、誤りがあった場合、あるいは年度が変わり制度が変容した場合には留年の危機に陥るかもしれません。

 

計数工学科でどのようなことが学べるかは、おおよそホームページを見ればわかるでしょう。

www.keisu.t.u-tokyo.ac.jp

それぞれの科目でどのようなことを勉強するかは、東京大学授業カタログで当該の授業を検索してシラバスなどを読めばよいでしょう。(基本的にはその年度のシラバスしか読めませんが、urlの末尾の 'year=' のあとの数字を変えれば過去のものも見れる場合があります。)

catalog.he.u-tokyo.ac.jp

あるいは、計数工学科の先輩が書いたブログなども参考になるでしょう。

しかし、どこを見ても時間割表に書いてある謎のアルファベットの意味は書いてありません。

 

実は、これは卒業単位認定におけるその単位の扱われ方を表しています。

工学部で開講されている科目は、各学科ごとにいくつかのラベル付けがされています。計数工学科では、工学部(や他の学部)で開講されている科目に以下の8種類のラベル付けをしています。

 

◎ - 必修

K, A, B, C - 限定選択科目の区分(後で説明)

※ - 標準選択
無印 - (恐らく)上の時間割表にない工学部の科目

他学部開講科目

 

必修科目は、文字通り必修の科目です。卒業までに必ず単位を取得する必要があります。

限定選択科目は、卒業において重要な選択科目です。例えば、数理コースではK系列を6単位以上、A系列を8単位以上、B系列を14単位以上、C系列を15単位以上取得する必要があり、システムコースではK系列を6単位以上、K系列とA系列を合わせて14単位以上、K系列とA系列とB系列をあわせて30単位以上、K系列とA系列とB系列とC系列をあわせて48単位以上取得する必要があります。

標準選択科目と工学部の他の学科で開講されている科目には、卒業単位の扱い上の差は(恐らく)ありません。これらの科目は、卒業単位に無制限で加算されます。

他学部の科目を履修して単位を取得した場合、計数工学科では*3自動的に他学部で取得した最初の10単位までが卒業単位として参入されます。

以上、様々な単位を計上して90単位に達することが卒業要件です。

なお、必要な単位数などはすべて2023年度進学の学生に適用されるものを参考にしています。

また、上掲の時間割表では B/C といった表記のされ方をしていますが、これは数理コースではB、システムコースではCの扱いをされる単位であることを表しています。コースごとに、必要な単位数のみでなく取るべき単位の種類までもが変わってくるということですね。

 

2年Aセメスターの科目のうち、必修科目とK系列の科目(Komaba の頭文字でしょう)は重要です。K系列の科目は8単位しかないのに6単位以上取ることが要求されているので、実質必修と考えて良いでしょう。これらの科目を落とした場合、いわゆる駒バック*4をする必要が生じます。

 

ただ、前年度不可になった科目は、次年度別の科目と一緒に同じ時間に重複履修することが可能なので、授業に行かず単位を取る気概があれば単位を落としても問題がないかもしれませんね。*5

*1:進学振り分けの内定取り消しや心変わりの可能性があるため

*2:なんで公開しないんでしょうか?本当に

*3:他の学科では学科長の承認を得る必要があったりするようです。

*4:本郷キャンパスの学生なのに、過去に落とした単位を履修するため駒場に通うこと

*5:だめな考え方ですね